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わきから又誰かが冷かした。
「あの、さきほど往診に出かけましたさうで」
練吉は、癖だと見えて、折角きちんとかぶつて出たカンカン帽をいきなり指で突き上げて阿弥陀あみだにすると、いかにもだらりとした様子で歩き出した。それは、さつき別人の観があつた、てきぱきした、俊敏な医者らしい練吉から、もとの彼に逆もどりした風であつた。
恐らく、房一も他の場合にはこれと似たりよつたりの動作をやるにちがひない、たゞ道平に向ふとこんなに易々とできないのだ。
と、下の男は睨み上げた。
「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」
この分では永くなりさうだと思つて、房一が腰を浮かし気味にすると、
「え?いや、居ましたよ、居ましたけど、別に――」
今の家へは、温泉がぬるいというのを承知の上で越してきた。
房一の顔は重々しい沈思の表情と太い興奮の色とで紅黒く、やはり膏汗が漲つていた。
と、彼は思ひ出したやうに房一の顔をのぞきこんだ。それは、いつか道平を診察しての帰り路で、「あれだね、君は見かけによらない親思ひなんだね!」と叫んだ時とそつくりな感嘆をまじへた親しさといつた色が閃いていた。
「ウシ!ウシ!」
「私もこれで元は法律書生でしてね。司法官か弁護士試験でも受けるつもりで、神田の私立大学に通つていたもんです」